1997年6月29日(日) ギョレメ(Göreme) 曇のち晴
今日はカッパドキアの1日ツアーに乗る。朝9時半に出発。まずは鳩の家に行く。鳩の家は、ギョレメから坂を上ったところにあるウチヒサールにあり、岩山をくりぬいて作った鳩小屋が続くカッパドキアの有名な観光スポットだ。ここの住民は、昔から鳩のフンを集め、ブドウ畑の肥料とするために、鳩を大切にしてきたそうだ。そのために、鳩しか入れないように小さな窓がある岩窟住居が無数にある。火山性の痩せた土地に生きる知恵だろう。
鳩の家の後に地下都市デリンクユというところに行く。デリンクユはカッパドキアの中でも最も知名度のある地下都市のひとつだ。ここは地下8階の地下住居の跡で、さながら蟻の巣のようだ。
この地下都市は、今から4000年程前のヒッタイトの時代、ここに住んでいた人たちが、地下に倉庫として地下室を作ったことに始まり、ギリシャ正教時代から、キリスト教の僧が修行するのに適していると、ここにまた、地下3階ほどまで掘ったのだそうだ。その後、イスラム教が広まってくると、イスラムからの侵略に対抗するためのシェルターとなっていったらしい。
普段は外の家々で生活しているが、いざ有事となると、全員地下に逃げ込んだそうだ。最初の階は動物や食料の保存に使ったそうで、下に行くとキッチンや教会、敵をあざむくために罠として作った落とし穴などいろんなものがある。また、8km離れた別の地下都市とを結ぶ通路などもある。ここには約5000人の人が最大6カ月間生活できるスペースと食料や水の蓄えがあったのだそうだ。
普通イスラム教徒たちが街を占領しても3か月が限度で、他の場所に転戦し、兵を移動させないと負けてしまうため、3か月も持ちこたえればよく、最大6カ月も逃れることができれば十分だったそうだ。こんな真っ暗なところで6カ月も暮らすなど、相当に大変なことだったろう。
その後、セルジュクトルコになると、重税と引き換えに信仰の自由を得たために地下に潜ることはなくなり、地下はもっぱら貯蔵庫としてのみ使ったらしい。
その後、ギリシャとの戦争の後の1922年、ギリシャに住んでいるイスラム教徒と、トルコに住んでいるキリスト教徒が交換された際に、ここに住んでいたキリスト教徒たちはギリシャに移住したのだそうだ。いくら危機を避けるためとは言え、こんな地下都市をつくるなんて、心の底から驚いた。
この地下都市を出て、次はギリシャに移住したキリスト教徒たちが住んでいたという岩窟住居の廃墟に行った。モスクに変わった教会が時の流れを感じさせる。
次にウフララ渓谷に行き食事をとった後、6kmの道のりをハイキングした。断崖絶壁の間に流れる川に沿って緑が生い茂り、羊や牛の集団が草を食んでいた。この断崖の壁にも、穴をあけて人々が生活していた跡が無数に残っている。岩の中に住むのが好きで仕方がないとしか思えないほど、あちこちに岩窟住居が残っている。
6km歩いたところに、Selimeがある。ここは映画スターウォーズの舞台となっただけあって、とりわけ異様な奇岩が立ち並んでいる。しかし、ツアーガイドがここではほとんど時間をとらなかったので少しだけ不満を感じた。
最後にキャラバンサライへと行く。昔は中国との間をキャラバンが行き交っていた時代、軍隊や商隊が宿泊したところだ。キャラバンが一日で移動できる距離は最大で40kmくらいだっただろう。こう言った無料の宿泊設備がたくさんあったそうだ。
一度、宿に戻り、屋上で寛いでいると、フランスで育ったというクルド人と出会ったので、いろいろとトルコ東部のことについて話を聞くことができた。
1時間後に、今度はサンセットツアーに参加。ギョレメから車でゼルベエ方面に行ったのだが、キノコの形をした奇岩が林立していて、その向こうに落ちる夕陽がすばらしく、感動的な風景だった。しかしながら、他のツアー参加者が半袖できており、寒くて早々に車へと戻ったので、あまりゆっくりすることができなかった。本当に素晴らしい眺めだった。
今日は、暖かいシャワーを浴びることができた。
本日の支出 約18.3USD
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