アジア旅行記 1997年7月7日 トルコ(アンカラ~アマスィヤ)

1997年7月7日(月) アンカラ(ANKARA)⇒ アマスィヤ(AMASYA) 晴

朝ホテルをチェックアウトして、ヨルダン大使館へと行く。はじめてANKARAで2階だてバスに乗った。なかなか快適。

大使館では写真1枚と4,500,000TL(約30USD)と申請用紙を提出。ダブルエントリービザと言って渡す。1度URUSに戻り、ゲンチクッキ公園へと行く。大きな噴水があって、水しぶきがあがり、とても涼しそうに見える。公園にはANKARAに観光に来たトルコ人たちだろうか、それとも地元の人たちだろうか? とにかく働き盛りの男たちが大勢ブラブラしている。そこに、靴磨きの少年や水売り少年たちがうろうろと客探しをしていると言った光景が展開されている。

しばらくボーっとして、また大使館近辺のショッピングセンター付近に戻り、マクドナルドで昼食をとった。久しぶりのマックだったが、ふつう油っこいものが多いため、このマックのビッグマックやフライドポテトがさっぱりとした食べ物に思えた。

13時30分のビザ受け取りに合わせてヨルダン大使館に行く。ビザは用意してあったのだが、2week stayのビザだった。2week以上は取れないとのこと。3ヶ月のダブルがないと、イスラエル出入国時に別紙にスタンプを押してくれないということを聞いていたので抗議するが、2週間以上は出せないのだそうだ。イスラエルの出入国スタンプがあると、入国できないイスラム諸国がたくさんあるので、これは大きな問題だ。

後で、英語のヨルダンガイドを読んでみたら、VISAは2週間と書いてあったので、日本のガイドブックの情報が間違いなのだろうということがわかった。なんなんだ!

その後、銀行で両替をしてULUSに戻る。PTT(郵便局)で、今回の旅で初めての絵葉書を両親に送った。預けていた荷物を受け取り、ミニバスでASTI(オトガル=バスステーション)へ向かう。16時にはオトガルに着いたが、次のAMASYA行は18時だったので、待つことにする。

待っている間、トルコ東部のErzincanから来ていた21歳のコンピュータエンジニアの話し相手になる。英語があまりうまくないので、意思の疎通が難しかったが、とても素朴な感じの好青年だった。日本が好きで、日本に行きたいと言っていた。ハガキを送ってくれと言うので、住所をもらう。

18時発のバスで出発。車窓には広大な景色が広がるが、ほとんどが麦畑か牧草地で、森林らしきものは全くない。昔は緑豊かな森が存在したのだろうか?

車中で妻が地元のおばさんと仲良しになる。別れるときには、妻の頭をなでたり、抱き合ったりで、とても温かい親切なおばさんだったので、妻がとても感動していた。アンカラあたりから人が素朴になって来て、とても感じが良くなってきた。10年前は、都会ずれしたイスタンブールもこんな感じだったのだろうか? ここは、こんな素朴な暖かさのある土地であってほしいと心から願うばかりだ。

本日の支出 約48.1USD 

 ※200USD両替 レート 1USD=149,000TL

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