天安門事件があった時、私はスペインに居た。その年の3月末だか4月の頭だったかは忘れたが、サラマンカという古い地方都市でスペイン語の勉強を始めた。2ヶ月ほどたって、スペイン語も何とか少しずつ会話できるようになってきたので、スペインの北西部にあるガリシアへ小旅行に出かけた。そして、まさにガリシア地方へ行く列車の中のテレビのニュースで天安門事件を知った。
そこには戦車の前で通せんぼをしている学生が映し出されていた。ただならぬことが起きていることはわかったが、なにせスペインのテレビニュースを理解するような語学力は当然なく、ガリシア地方から戻って、天安門事件を特集したスペインの雑誌を何冊か買って、ひとつひとつ訳しながらもろくに理解もできずに写真を眺めていた。
スペインのマスメディアは、映像に映し出されたものをそのままに報道する。だから、普通のテレビニュースでも、テロで蜂の巣にされた要人などが茶の間にそのまま映し出される。天安門事件を報道する雑誌には、その時の阿鼻叫喚というべき凄まじい暴力が記録されていた。写真を見て、ものすごいことが起こっていることを悟った。
しかし、日本に帰ってきて、あの天安門事件というのは凄まじい事件だったねと話しても、日本のマスコミはかなりオブラートに包んだ報道しかやってなかったようで、ほとんどの人がそんな写真見たことないと言う。狐につままれたような不思議な気分だ。
同じ事件に対して、その事件をどう映し出すかによって、事件の印象というものは異なるものになるようだ。どちらが良いかというと、それはよくわからない。しかし、悲惨な現実を映し出す写真は、確実に強く世論に影響を与えると思う。

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