石見銀山で思ったこと(2012年9月Facebook投稿)。

お盆を利用して、4泊5日で四国、中国方面をバイクでキャンプツーリングをした。最後の日に島根県の石見銀山に行った。戦国後期から江戸時代初期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山だ。5年前に世界遺産に指定されている。この銀山を巡って、戦国時代には尼子、大内、毛利と争いが続き、江戸時代に入ると、徳川家康が直轄地として支配している。当時、ボリビアのポトシ銀山と並ぶ、世界有数の銀の産出量を誇っている。石見銀山から産出された銀が、当時の世界経済に及ぼした影響は計り知れないという。

石見銀山は、鉱脈を見つけたものが、当然お上に税として産出した銀を献上するのだが、その分を除き利益を得ることができる仕組みとなっており、鉱山で働く鉱夫たちにもかなり多額の賃金が支払われていたそうで、佐渡の金山などのように受刑者たちが苦役を強いられたような構造とは一線を画したそうだ。

しかし、過酷な労働と、穴の中での作業で粉塵や煤煙を吸い込むために発症する病気で、30歳の誕生日を迎えることができたら盛大にお祝いするほどの短命だったそうだ。病気になった鉱夫には、鉱山主から多額の見舞金が支払われたそうで、このあたりも他の鉱山とは待遇が全然違う。

作業の灯りは、サザエの貝殻に油を入れて灯芯を燃やした明かりだったそうだ。銀は酸化してすぐに灰色になるので、暗い中で岩盤とどう区別していたのだろうかと不思議に思う。そんな暗がりの中を、トンカチとノミで岩を掘削するとてつもなく地道な作業が続いたのだろう。

ところで、ボリビアのポトシ銀山に行ったことがあるのだが、今でも現役の銀山として銀を産出している。今はダイナマイトで岩盤を破壊しながらの作業だが、小学校の低学年くらいの子供がすでに立派に仕事を手伝っている。

一度の作業が穴の中で連続10数時間にも及ぶ交代制で作業をしている。4000mの高地なので皆コカの葉っぱを噛みながら、食事もろくにとらずに長時間労働に励む。

現地ツアーで坑道に入ったが、ダイナマイトを仕掛けるとしばらく横穴に隠れて、爆風をやり過ごさなければならない。日本では考えられない荒っぽいツアーだ。石見銀山と違うのは、鉱夫たちはとても安い賃金で働いていることだ。この鉱夫たちの平均寿命は今でもわずか30歳~35歳程度。みんな早死にするのがわかっていながら、子供の頃から過酷な労働を続けている。

石見銀山に行って、そんなポトシ銀山のことを思い起こした。ポトシに行ったのは1995年の7月のことだ。17年前なので、当時人懐っこい笑顔で迎えてくれた鉱山の子供たちは、そろそろ寿命を迎える頃だろう。世の中の理不尽さを感じてしまう。悲しい現実だ。

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