1997年7月29日(火) Palmira 晴れ
午前中から博物館に行く。朝5時に起きて、朝日を見ようと思っていたが、目覚ましが鳴っても行く気になれず、遅くまで寝る。博物館は火曜日が休みのはずなのに、なぜか開いていた。3人兄弟の墓地の壁画を観に行かないかとタクシーの運転手が寄ってくるが、これも火曜日は休みのはずだが、開いているという。ただ、これは見られる時間が決まっていて、8時、9時半、11時半、16時半の4回だ。タクシー代が高いので、これはあきらめる。
博物館自体はそれほど見るべきものがないように思えた。博物館の門の右側にあったライオンの巨像だけがユニークな感じがした。

パルミラは、シリア砂漠の中央部にあり、その昔、シルクロードの中継都市として発展したシリアを代表する都市遺跡だ。
砂漠は風が強い。日差しが強いので、長袖のシャツを着て行くが、乾燥しているせいで、なかなか快適だ。まずベル宮殿に行く。巨大な壁の中に神殿が聳え立っている。この神像安置室の天井部分が現在のイスラム建築のデザインに通じるものがあり、これがオリジナルなのだなと思う。さすがに神殿の入口の門は大きい。エジプトの巨大遺跡を思わせる。後ろに回ってみると、大きな柱が神殿を取り囲むように並んでいる。このメインの神殿と外壁の間の広大な敷地には、ほんの何十年か前まではたくさんの家々が建ち、人々が暮らしていたのだそうだが、今では取り除かれ、今のパルミラの街に暮らしているそうだ。柱等には穴が開いているのだが、これは青銅製の金具でつなぎとめていた跡だそうだ。また、青銅製の柱頭なども多数あったそうだが、第1次世界大戦時に武器を作るために、全部持って行ってしまったそうだ。



ここを出て、民族博物館に行くが、あまり見るべきところはなかった。一度昼食で戻り、ホテルで休息をとる。ベル神殿で日本人に出会ったのだが、その日本人にいろいろと日本の情報を聞いたところによると、まず、中学生の首切り事件があって、巷ではこの事件の話題で持ち切りなのだそうだ。また、インターネットとは怖いもので、中学生の名前や、父親の会社名まで出たのだそうだ。もちろん写真なども出ているのだそうだ。サカキバラセイトと言う偽名の生徒だそうだが、サカキバラは彼を叱った先生で、その生徒だと言うことらしい。この中学生は、他に1人を殺し、1人にけがをさせ、1人が通り魔未遂だったようだ。彼は2年後には社会復帰するそうだ。この学生の両親と弟2人は、これからどうやって生きていくのだろう。ひどい事件だと思う。それから、奈良のひき逃げ事件の犯人が捕まったそうだが、まだ遺体は出ていないそうだ。あと、巨人が最下位とかそんなことを教えてくれた。
夕方4時半頃にホテルを出て、また遺跡に行く。中央道路に沿って無数の柱が続いている。本当に素晴らし遺跡だ。遺跡で子どもが喧嘩をしているのを見た。中学生くらいだろうか、見事なストレートパンチを繰り出して本気の殴り合いをしていた。しかしこっちの子どもは、本当によくケンカをしている。
劇場取引所、四面門などを見て墓地に行く。墓地と言っても、巨大な等が数十も建っている。中に入ると、何人もの王族が、ひとつの建物の中に葬られているのがわかる。かわいそうに、骨が散乱しているものもある。草地には野ウサギがいた。丘を登り、一望した後、夕陽を見にアラブ城に行く。山の上に建つ城で、急な坂を行を切らせながら登った。砂漠に沈む夕日を見ることができるかと思ったが、山がいくつも連なり、山間に沈む夕日だった。高い所から見ると、遺跡の向こうにヤシやオリーブの木々が広がっていた。これがオアシスなのだなと実感する。

夜はいつものレストランの向かいのレストランに行く。パスタを頼むと、ものすごくまずくて食べられなかった。それで、もったいないが、いつものレストランに移り、別のものを食べる。ごはんにナッツやアーモンドが混じっていて美味しかった。店の人から看板を日本語で書いてくれと言われて、妻が書いてあげた。
本日の支出 約14.4USD
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