アジア旅行記 ヨルダン(アンマン~死海)

旅日記

1997年8月11日(月) Amman   晴れ

朝7時にロビーで待ち合わせていたため、今日は死海まで日本人9人で行くことになった。男6人と女3人。行き方がとてもわかりにくい。キングタラル通りをずっと南西に進む。かなり歩いたところにセルビス乗り場があるが、そこで尋ねると、セルビスに乗せられ、さらに遠くへと進むことになった。着いたところにシューネ行のミニバスが待っていた。

ミニバスに揺られること約30分強でシューネに到着。そこでバスを乗り換え、約15分で死海に到着。ロッカーはあるが数が少なく使えない。妻のロッカーにパスポート等の貴重品を預ける。死海までの道にポリスコントロールがあったが、実パスポートを見せることなく通過できた。

死海の対岸にはイスラエルと思しき陸地が見える。死海に入ると嘘のようによく浮く。よく浮くという表現は間違っている。沈もうと思っても、沈めないというのが正しい。うつ伏せになったら両足が水面上に飛び出て水かきができない。垂直になったら、胸あたりから上は水に入れない。とにかく何をしても浮き上がるのだ。話には聞いていたが、想像以上の浮力が働く。

また、水が口に入ると、何とも言えない苦くしょっぱい、凄まじい味が口に広がる。目にすこしでも水が入ると凄まじく痛み、目も開けられない状態になる。傷口にはよく沁みる。塩分濃度が高くなるとこんな風になるのだと身をもって感じる。それでもプカプカと舟のように浮いたり、水中を歩いたりとても楽しい。イエスキリストは水の上を歩いたというが、死海だったら水の上に上半身を出したまま水中を歩くことができるのだ。

死海では泥パックも有名なので、一緒に来た日本人たちは、浜で泥パックに興じたりし遊んでいたが、自分は一時浜でゆっくりしたものの、ほとんど死海の水の中で過ごす。面白すぎた。

お昼頃には引き上げて、バスでアンマンに戻る。今度はバスでダイレクトにアンマン行きがあった。約50kmの道のりを所要40分程度で到着。カイロレストランでみんな一緒に食事をとる。

食事の後、写真を引き取りに行く。今度の現像は、全体的に色が飛んでいるような感じで少しがっかりくる。写真屋さんと言っても、現像具合が安定しないものだと思う。

夜は、ヨルダンに到着した時に、バスターミナルからダウンタウンまで車に乗っけてくれたヨルダン人と偶然に出会う。ペトラ出身の人だ。夜のドライブに連れて行ってくれる。フセイン国王が住んでいる大きな宮殿や新市街、旧市街をドライブする。ビールを買って空き地へと行く。ビールを飲みながら話をする。まわりの空き地には、涼みにやってきた多くの家族が、食事を持参して夜のピクニックをしている。イスラム圏は昼ものすごく暑くなるので、夜の世界がにぎやかだ。

ビールを飲んでいるうち、この親切なエミールさんの話がどんどん下品になってくる。最初に親切な人というイメージが崩壊し、ただのスケベおやじへと変貌。寒くなってきたのもあって、早々にホテルの方まで送ってもらう。

本日の支出 約48.2USD

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