カラスの話

何年か前の話だ。

職場の事務所から外を眺めていたら、一羽の鳥が飛んできて、そのまま木に激突して落下した。鳥とは思えぬ下手な飛び方に、何が起こったのかなと外に出た。

木の下には、一羽の子ガラスがうずくまっていた。

初めて、空を飛んだのだろう。

しかし、スピードを落として木の枝に止まる技術は身につけていなかったようだ。

かわいそうに、片方の羽の付け根が折れている。

そのまま放置したら、犬猫の餌食になるしかない。

事務所に戻って、ダンボールにシュレッダーにかけた紙を敷き、ふかふかのベッドを作って外に出た。そして、その中に子ガラスを入れようとしたのだが、心配したつがいの親ガラスが騒ぎ始めた。

それはけたたましい鳴き声を上げて、威嚇してくるのだ。驚いて、一度室内に入る。もう一度外に出る。また、威嚇してくる。親鳥は、命をかけて子ガラスを守ろうとしているのだ。

いろいろと考えたが、こどもが動けない以上、親鳥が餌を運んでくる状況を作ってあげるしかない。

ちょうど具合のいい雨に濡れない場所に塀があったので、その上に子ガラスが入った箱を置くことにした。そうすれば、親ガラスは自由に子ガラスに会うことができる。

夕刻、親ガラスは子ガラスのすぐ近くの塀の上で、子ガラスに寄り添うようにじっと動かない。ひとまずは自然の成り行きにまかせようと、そのままにして帰宅した。

次の朝出社すると、真っ先にカラスの様子を確認に行った。昨日の夕刻と同じく、親ガラスが子ガラスに寄り添うように、じっと動かずに箱の中を見ていた。近寄ろうとしたら騒ぎ始めたが、もっと近づくと逃げていった。

箱を下ろして中を見た。箱の中の子ガラスは既に冷たくなり死んでいた。命のぬくもりがすっかり消えてしまっていた。

昔インドで、飛んできた鳩が建物にぶつかり落ちるのを見た。足元に落ちた鳩は、一瞬の間は命のぬくもりがあったが、死んだ瞬間がはっきりと認識できるほど、生と死の間にくっきりと分かれる一本線があった。死んだ瞬間に、身体は物になるのだ。

それと同じように、箱の中の子ガラスには、既に命の存在はなくなっていた。

親鳥は逃げたけど、すぐ近くの上空で威嚇しているのがわかる。けたたましい鳴き声だ。このカラスの両親は、夜の間も寝ずにずっとそばに寄り添っていたに違いない。子ガラスへの思いが、痛いほど伝わってくる。

そんな気持ちを感じながら、近くの土手に子ガラスを埋葬した。

それから仕事に戻ったのだが、昼前まで、泣いている親ガラスの声が窓の外から聞こえていた。

その時から、生き物の中で、カラスが一番好きになった。

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