前日の夜に東京へ飛び、朝1番の上越新幹線、JR羽越本線特急いなほ号と乗り継ぎ、山形県鶴岡駅についたのは、朝10時16分のことだった。新潟のどこまでも広がる田園風景や、日本海の美しい景色を眺めながらの列車の旅だった。
鶴岡駅に近づいて来ると、山形県と秋田県の県境にある霊峰 鳥海山を見ることができる。標高2,236mの美しい姿は、出羽富士、庄内富士と呼ばれているそうだ。
今回の旅は青森方面まで足を伸ばすため、若干大き目のリュックを背負っている。これをかついで羽黒山の石段を登るのはちょっとしんどいと思いコインロッカーを探す。駅構内にあったのだが、数が少なく、リュックが入る大きさのロッカーはほとんど使用中だった。駅の向かいにある観光案内所に聞いてみると、すぐ近くのロッカーを教えてくれた。こちらは目立たないせいか、ほとんどが空いている状態だった。
鶴岡駅前のバス停から10時43分の路線バスに乗り、羽黒山を目指す。随神門には11時20分頃到着した。ここから羽黒山頂を目指し、山頂発13時のバスに乗って鶴岡駅に戻る予定にしていたので、所要時間は1時間と40分ほど。最初にいでは文化記念館を見学することにする。ここは山岳信仰、出羽三山の文化、修験の世界などを展示してある。
時間の都合上、いでは文化記念館をざっと見て、随神門へと向かう。出羽三山を巡ることは、死と再生を巡る「生まれかわりの旅」とパンフレットに載っている。出羽三山とは、羽黒山、月山、湯殿山の総称を言い、羽黒山は人々の現世利益をかなえる「現在」、月山は祖先の祖霊が鎮まる「過去」、湯殿山は新しい生命の誕生を表す「未来」を表しているのだそうだ。
随神門をくぐると、その先は出羽三山の神域となる。2,446段ある参道の石段のまわりは、樹齢300年~500年の杉の大木があたりを覆いつくすように聳え立っている。その数は600本近くあるそうだ。これほど大きな杉がどこまでも立ち並ぶ森というのを私はかつて見たことがない。それは人を圧倒し、まさに御神域にふさわしい自然の威厳を感じさせてくれた。
まずは継子坂を下り、6柱を祀った小さな社を過ぎる。その先に祓川神橋がかかっている。この橋は朱に塗られていて、自然の景観の中にひときわインパクトを与えている。祓川の流れは月山を源としており、古の参拝者たちは、この川で身を清めたのだそうだ。
少し行くと、爺杉が見える。これは樹齢1,000年の大木で、国の天然記念物に指定されている。昔は婆杉というのもあったそうだが、明治35年に暴風のため倒れてしまったそうだ。何か悲しいものがある。爺杉はそれでも、まだまだ力強く生きている。大きな大きな杉の木だった。
もう少し進むと、今度は国宝 羽黒山五重塔が見えてくる。高さ約30mある三間五層の素木造り、柿葺きの建物だ。平安時代に平将門によって創建されたのだそうだ。現在の建物は南北朝時代に再建されたもの。高さ30mもあるのに、まわりが杉の大木に囲まれているため、何かひっそりとした雰囲気とともに、秀でた美しさを醸し出している。
羽黒山五重塔までは比較的楽な石段だったが、五重塔から先は一の坂、二の坂、三の坂と、かなり急な石段を登っていくことになる。汗が滝のようにしたたり、何度かゆっくり休みたいと思いながらも、13時のバスに間に合うように先を急ぐ。
ようやく山頂につくと、三神合祭殿が見えた。この三神合祭殿は、冬の間積雪のため月山、湯殿山に登って参拝することができないことから、一度に三神に参拝できるようにと、この合祭殿に三神を祀ってあるのだそうだ。私もここで参拝をする。
建物は大きく、独特な形をしている。屋根は厚さ2m超の萱で葺いてある。これは東北地方随一なのだそうだ。国の重要文化財に指定されている建物で、神仏習合の名残をとどめている。
羽黒山参詣は、私にとって杉に癒される時間だった。常日頃の運動不足がたたって、なかなかにハードな道中だったが、この大きな杉の木の中を歩くことができたのはとても良かった。そしてどうにか13時の鶴岡駅行のバスに間に合った。
時間のあまりない人や、体力に自信がない人は、山頂までバスで行き、山頂から随神門まで歩く逆コースが良いのかもしれない。そうするとほとんどが下り坂なので、ゆっくりと楽しむことができると思います。
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