鶴岡駅を14時23分に出発し、酒田駅には14時41分に到着した。酒田は土門拳記念館に行くのが目的だった。酒田にはるんるんバスというのが走っているのだが、この時間、土門拳記念館に行く便は適当なものがない。駅前の観光案内所に行くと、レンタル自転車の貸し出しが行われていた。土門拳記念館まで5kmほどあるとのことだった。天気が良いので1台借りることにした。住所や氏名などを申請書に記入すると鍵を渡してくれた。無料貸出というのがうれしい。
酒田市くらいの町の規模であれば、自転車はゆっくり町を散歩するのにもとても都合がよい。早速渡された鍵の番号が書いてあるママチャリを探し出発。
途中、酒田市の観光名所である山居倉庫に立ち寄る。かつては「西の堺、東の酒田」と称されるほど北前船による交易が盛んにおこなわれ、最上川舟運により内陸から運ばれた米の集積地として繁栄していた酒田。山居倉庫は、明治26年に米の保管倉庫として建てられたものだ。白壁、土蔵づくりの倉庫が立ち並び、また、けやき並木が美しい。18万俵もの米が収容できるのだそうだ。
山居倉庫には庄内米歴史資料館がある。中に入ると、庄内米がどのように作られ、どのように流通しているのかなど、歴史的な背景を踏まえながら展示してある。目に留まったのは、5俵(300kg)の俵を一度にかつぐ女性の人形。古写真には、5俵をかつぐ女の人が出ている。実際には5俵中2俵はもみ殻が入っていたそうだが、それでも200kgくらいはあったのではないか。3俵の米俵くらいは、女性でもあたり前のようにかついでいたのだそうだ。昔の人は身体が強かっただけでなく、たぶん身体の使い方をよく知っていたのだろう。いくら強くても、力だけでこの重量をかつぐことは不可能に思える。
山居倉庫からも鳥海山が見える。鳥海山が町のシンボルのように思えてくる。
再び自転車に乗り、土門拳記念館に向かう。途中、最上川にかけられた橋を渡る。この橋だけで1kmほどあるのではないかと思う。大きな川だ。
土門拳記念館に到着。町から自転車で30分くらいの郊外にある飯森山公園の中にある。記念館については、以下パンフレットから抜粋する。
”土門拳は戦後日本を代表する写真家の一人である。リアリズムに立脚する報道写真、日本の著名人や庶民などのポートレートやスナップ写真、寺院、仏像などの伝統文化財を撮影。激動の昭和にあって、そのレンズは真実の底まで暴くように、時代の瞬間を切り取ってきた。土門拳記念館はひとりの作家をテーマにした世界でも珍しい写真専門の美術館として1983年10月、土門の郷里である山形県酒田市に開館した。土門健の全作品約7万点を収蔵。土門のライフワークであった「古寺巡礼」をはじめ、「室生寺」「ヒロシマ」「筑豊のこどもたち」「文楽」「風貌」などの作品を、その保存をはかりながら順次公開している。”
土門拳と深い親交のあった芸術家たちが力を集結した記念館の前面には池が配され、自然と建築物のコントラストが美しい。亀倉雄策氏(グラフィックデザイナー)、イサム・ノグチ氏(彫刻)、勅使河原宏氏(華道草月流三代目家元)らからオブジェなどが寄贈されており、記念館全体が芸術的な趣に包まれている。
行った日が「木村伊兵衛と土門拳」副題「瞬間」と「凝視」の好敵手 の最終日だった。1950年代にリアリズム写真の一大ムーブメントを巻き起こしたこの2人に焦点を絞った展示を楽しむことができた。この土門拳記念館と、藤田嗣治の大作壁画”秋田の行事”を観ることができる秋田県立美術館は、個人的にとてもおすすめしたい東北の美術館だ。
記念館を出て、しばらく記念館まわりの池を散歩する。あじさいがたくさん植えてあり、花が最盛期を迎えていた。この記念館の建物も素晴らしいが、周りの風景との調和もとても素晴らしい。なんとも落ち着く場所となっている。
記念館からまた町に戻り、酒田港に向かう。海鮮の店などが開いているかと思ったが、残念ながら15時くらいまでの営業のようだった。しかし、夕陽に包まれる港の風景もまたとても美しいものだった。
コメント