アジア旅行記 1997年9月13日  エジプト(ハルガダ)

1997年9月13日(土)  Hargada   晴れ

この宿、My Placeは、小高い丘の上にあるためか、朝からものすごい風が吹いていた。砂漠というのはとても風が強い。砂漠と海との熱交換がさらに強い風を生むのだろう。

朝の9時にシュノーケリングツアーの運転手が迎えに来る。昨日と同じ港から出発。思ったよりも小さく年季の入った船なので、ちょっとがっかり。客が結構いるので、寝そべるスペースもない。

船は昨日と同じルートを通るが、昨日のダイビングポイントまでは行かず、その中間地点あたりで1回目のシュノーケリングとなる。だが、シュノーケリングツアーだというのに、この船にはろくに用具すら積んでいない。白人の客の一部は、フィンもつけずに海に入る。自分らはシュノーケルがない。何ということだろうか。スタッフに言って持って来させるが、壊れていて使い物にならない。ダメ出しをして、他の船から余っている機材を持ってくるように言うが、15分ほど待たされた挙句、結局余りがないとの返事。シュノーケルなしでやれと言うが、何のためのシュノーケリングツアーだ。返金を要求するつ、渋々「これは船長の私物品だが、特別に貸してやる」とのたまう。船長の私物だろうが、あるのだったらなぜすぐに出さないのか。その神経を疑う。文句を言うと、彼らはすぐに自分の責任ではないと責任逃れをしてくる。そのうえ、仕事はろくにせずに、女性客らを口説くことに熱心だ。まったくなんというサービスのクオリティーの低さだろうか。

他の客よりも20分以上遅れて海に入る。経験のない観光客が多いせいか、ここの珊瑚は破壊がひどく、ほとんどが死んでいるではないか。魚も少ない。珊瑚の上に乗っている馬鹿者までいる始末。それでも船の反対側にまわると珊瑚の損傷も少なく、少しは魚を見ることができた。しかし、それも束の間、20分前に海に入った白人たちは、もうみんな船の上に上がっているではないか。急いで船に戻ると、待っていたかのように出発した。ほとんど楽しめなかったと言ってもよい。そのうえ、皆すでにランチをとっていた。ランチはものすごく貧弱で、一皿に魚のフライのかけらと、ごはんとサラダが乗っている。しかも量がほんの少ししかない。ひどいものだった。

次に島に上陸し、2時間ほどビーチで過ごすことになるが、ビーチにはリーフもないし、魚もごくわずかしかいない。紅海で何度も美しい珊瑚やすごい数の熱帯魚を見たので、このツアーの貧弱さは本当にがっかりした。昨日のダイビングツアーとも雲泥の差だ。ビーチで貝を拾ったりしてしばしくつろぐ。

ツアーの予定は17時頃に港に戻る予定になっていたが、早くも14時半には島を出て、15:40にはハルガダの港に戻った。なんだかひどく高くついたような気がして腹が立った。

ホテルに戻ると、今度は水が出ない。ミネラルウォーターの瓶に溜めおきした水を何本かもらったので、それでどうにか海水のついたからだを洗い流すことができた。トイレも流せずに悲惨なものだ。

夕方はコリアンレストランに行く。女主人の東洋的笑顔がとても心を和ませてくれる。焼きそば、キムチ、漬物などとても美味しかった。

夕食から帰ってからも水は出ず、今日は一日中断水だった。厳しい生活だなと思った。

本日の支出 約13.7USD

コメント

タイトルとURLをコピーしました